続アジア見てある記(34)

モンゴル国

アジア光俊

1.近くて遠い内陸国

 現在、日本からモンゴルの首都ウランバートルへの直行便は、関西空港からモンゴル航空の727型機が週1便飛んでいるだけだ。従って、北京がモンゴルへのゲートウェイになる。ところが、中国の空港にトランジットというものは存在しない。信じられないかもしれないが、乗客は入国手続きと税関手続きを済ませてから、再度出国のための税関検査を受けて搭乗手続きを行ない、出国手続きをして搭乗口へと向かうのだ。これは北京だけではなくて、上海でも同じことだ。空港にはトランジットの表示があるものの、実際にはその通路は機能していない。

 北京の税関は気まぐれである。大きな荷物を持っていても調べられない時もあるし、小さな鞄一つだけでも徹底的に中身を検査されることもある。こればかりは時の運であろう。私は日本からの飛行機を真先に降りたおかげで、A4サイズの小さなショルダー・バッグの中身を徹底的に調べられ、お土産用に空港で買ってきた雑誌のグラビアが問題にされて没収されてしまった。スーツケースを預ける前に買って、中に入れておけばよかったと思っても後の祭りである。

 北京−ウランバートルの飛行時間は2時間。あっと言う間の距離である、が、日本から来るのは結構大変な旅なのだ。
市内の風景
市内の風景。板塀に囲まれた「ゲル」が見える

 



 

2.年中夏時間の国

 ウランバートルの空港に着陸したのは夜の9時半をまわっていたが、周囲はまだ明るかった。旧ソ連邦の国がそうであったように、モンゴルも経度に比べて1時間早い時刻を採用している。つまり、太陽が南中する時刻を12時とするのが普通なのに、モンゴルでは13時になっているのだ。言ってみれば、1年中夏時間を採用しているようなものだ。このため、北京との時差はない。そして夏時間採用中はさらに1時間時計の針を進めるので、北京よりも西にあるウランバートルの方が1時間早く、その結果日本との時差がなくなってしまうという現象が起こるのだ。時差ボケはないのだが、朝5時前から明るくなり、夜10時を過ぎても暗くならないから変な感じがする。

 



 

3.店探しに一苦労

 首都ウランバートルの街並みにアジア的な雑然さはなく、広く区画整理された道路、高層ビルや看板の極端に少ないところなど、中央アジアの1都市であるかのような印象を受ける。道路にトロリーバスが走っているところなども旧ソ連邦の国だ。しかし、すでにモンゴルは社会主義を捨てて市場経済を導入している。国営企業はインフラや製造業の
商店
住宅街の商店にて
ごく一部を除いて民営化されており、個人が商店や会社を始めるケースも少なくない。          

 商店で最も目につくのが歩道脇にあるキオスクであろう。たたみ1畳ほどの広さしかない小屋の中には、飲物、菓子類、雑貨類などの商品が入っている。客は外にいて、昔の駅の切符売場のような窓口から商品を渡してもらうのであるが、商品のほとんどが輸入品である。輸入品といっても安物の中国製品ではない。韓国製品が大部分で、それも結構いい値段で売られているのだ。数少ないモンゴル製品であるビスケットが1包み65トゥグリク(約13円)で売られているその横で、韓国製「チョコパイ」1包みが90トゥグリク(約18円)、缶入りオレンジジュースが250トゥグリク(約50円)で売ら
ビスケット
モンゴル製のビスケット
れており、それを買う人も少なくないのだ。

 キオスクが目につく一方で、一般の商店は非常に分かりづらい。それらしい看板はほとんど出ておらず、窓があっても外から中は見えないようになっている。ショーウィンドウなどは望むべくもない。従ってどこにどんな店があったか覚えていないと買物はしづらいのだ。また、店が分かっていたとしても、常に同じ物を置いている訳ではない。キオスクでは店によって値段が違っているものの、置いてある商品自体は、どこでも同じ様なブランドの商品であった。これは、仕入れを似たような所からしているためなのだろう。バラエティーに欠けるということも問題だが、見つけたときに買っておかないとすぐに無くなってしまい、次に同じ物が入荷する保障などないのだ。商品を探すときは、とにかく店の中に入るしかない。店かどうか分からなければ、建物のドアを開けて中を確認すればよい。薬屋にいた時も、ドアを開けただけですぐに立ち去る人が非常に多かった。

 



 

4.数少ないメイド・イン・モンゴリア

 市内には何ケ所か食品だけの市場がある。ちょっと見た感じはスーパーマーケットだが、大きめの建物に食品関係の小さな店が10軒以上入っており、商品はカウンターや店員の後ろにある棚に並んでいるものを出してきてもらうのだから、スーパーとは完全に違う。このような販売方法が未だに幅をきかしているのは中央アジアと同じだ。

 スーパーはないが、デパートはある。4階まで売場があって、幅広い商品が揃っているということでデパートと呼んでいるが、品揃えに関しては日本のスーパーとは比べ物にならないくらい少ない。販売方法は他の商店と全く変わりなく、それぞれのカウンターで支払いを行う方式だ。

 デパートにもモンゴル製品はほとんどない。朝から夕方まで、ウランバートルの街中を路地から路地まで探してみたのだが、日用品関係ではビスケット、キャンディー、ウォッカ、ビール、ジュース、肉の缶詰(ビーフシチュー、馬肉など)、パン、トイレット・ペーパー、洗濯せっけん程度で、他には高級特産品であるカシミヤのセーターや革製品くらいがあるだけだ。

 ちなみに、モンゴル製品を見つけ次第買って日本に持ちかえったのだが、予想外に評判
酒屋のショーケース
酒屋のショーケース

モンゴル・ビールは手前の青いコンテナに入っている

が良かった物は馬肉の缶詰であった。ニュー・コンビーフは馬肉を使っているから、日本人の舌に馴染みがあるせいかもしれない。逆に評判の悪かった物はビール。なぜか酸味があるのだ。入荷したばかりのものを買ったのだが、日本に持ちかえって半月位してから開けたので醗酵が進んだのかもしれない。他の国では考えられないが、モンゴルなら考えられそうだ。そういえば酒屋でビールを買っているとき、ペットボトル持参でビールを買いにきていたおじさんがいた。栓を開けて、持参した容器に中身だけを入れるのである。
モンゴルビール
モンゴル・ビールのラベル
こうすれば瓶代は必要ない。容器に入りきれなかった分は、お腹に入れていた。ここでは、ビールは生鮮食料品?なのだ。

 

 

 



 

5.食事も一苦労

 東南アジアでは屋台が多いし、その他の地域でも都市には食堂があって、食事は簡単にできる。しかし、ここモンゴルで一般の食堂を探すのは大変だ。大きな看板が出ていないのは商店と同じで、小さな看板や建物の壁や窓にモンゴル語で「ゴアンズ」”Гуанз”と書いてあるだけなのだ。このような店で食べるモンゴル料理は、羊の挽き肉が中に入った丸くて薄っぺらな揚げパンである「ボーショール」とか、シュウマイの皮を厚くして肉の量を減らしたような「ボーズ」(中国のパオツ「包子」である)が一般的である。ファースト・フード店よろしく、セルフサービスのボーショールしか置いてない店で、大勢のモンゴル人が1枚60トゥグリク(約13円)のボーショール数枚を食卓の上に乗せ、モンゴル製ジュース(1本80トゥグリク=約18円)を片手に食事をしている絵は、よそ者を寄せつけ難い雰囲気がある。

 日本資本のレストランもある。「花正(はなまさ)」がそうで、メニューは焼き肉とシャブシャブである。ゴアンズとはえらい違いで、1回食事をすれば1人10数USドルするの
韓国食堂
「韓国食堂」の入った建物
だが、モンゴル人でも食事をしている人がかなりいる。

 韓国人が経営している食堂にも行ってみた。建物にハングルで「韓国食堂」という垂れ幕がかかっているのですぐに分かった。40人位が入れる店内には、2人のウェイトレスが働いていた。そのうちの1人に韓国人かと聞いてみると朝鮮人だという。北から来たとするとおもしろいのだが、話を聞いてみると中国の朝鮮族で、モンゴルに来て半月も経っていないという。モンゴル人と中国人のウェイトレスが働く韓国料理店というのも珍しい。

 



 

6.伝統的生活と「公害」?

 人口60万人のウランバートルだが、ビルが建ち並ぶ部分は南北に狭く、東西に広がっている。この「街」の部分に政府関係の建物やアパートが建ち並んでおり、アパートには5万世帯、約25万人が暮らしているという。残りの住人は、アパート街とは別の地区に住んでいるということになる。彼らが住んでいるのは「街」の北側で、ここには一戸建ての家が無数に並んでいる。しかし、家と言っても決して立派な物ではない。白くて丸い「ゲル」が林立しているのだ。ゲルとは、遊牧民が住居に用いている組立式のテントで、中国では「パオ」と呼ばれている物である。なぜ街の北側にこのような地域があるかといえば、政府が定住のための場所を決めて住居建設を促進させたためであるという。ゲルはあくまでも移動に適した住居なので、板で家らしきものを建てている人も多くなってきている。そして、さらに中心部から離れていくと家もまばらになり、車で数十分も走れば田舎の風景になってしまう。

 「街」の南側は工業地帯になっている。工業地帯と言えばすごいものを想像してしまうが、日本であれば地方都市の工業団地程度のものである。敷地が広いので、工場が密集しているということはない。それにウランバートル市内の工場は、発電所(温水工場)以外に排煙を大量に出す重工業はないから、遠くから市内を望んで、どこに工場があるのか意外と分からないものである。

 さて、このような配置になっているウランバートル市街だが、ビルが建ち並ぶ地域には温水の供給があって暖房に用いているのに、ゲル集落にはない。従って、この地区に住んでいる人は、草原での生活よろしく火を燃やして暖をとることになる。燃料には動物の糞でなく石炭なども用いられる。ところが、この界隈、冬になると北風が吹き寄せるのだ。このために風に乗った煙が街を覆うという事態が発生し、「欠陥都市計画」だという評価をする人もいる。

 



 

7.ラジオに出演

 日本にはあまりモンゴルの情報が伝えられていないが、モンゴルから短波による30分間の日本語放送が1日2回放送されていることもあまり知られていない。しかし、私は短波放送をしょっちゅう聞いているのだ。昔なら(今でも)BCLとか言って、結構ブーム
ラジオ・ウランバートルのスタッフ
ラジオ・ウランバートルのスタッフ達
になったあれである。インターネットもあるが、情報収集の原点は短波放送なのだ。

 今回ラジオ・ウランバートルを訪問することにした。いろいろな国を回ってはいるが、国際放送の現場に乗り込むのは今回が初めてである。放送局は市街地の北側、すなわち周辺が「ゲル」の地域に位置している。建物は社会主義時代のものだが、日本語課の場所が分かりにくい。人に聞きながら階段を何度か上り下りするはめになってしまった。

 日本語課のスタッフは4人で、7坪位の部屋で仕事をしている。もちろんスタジオは別である。番組やモンゴルの最近の状況などの話をしていたのだが、この部屋を訪ねてきた聴取者は2人目ということで、その場でラジオの録音をする事が決まった。スタジオには東欧製の機材が目につくが、これは社会主義時代の名残である。放送では、ラジオ・ウランバートルに対する要望のほか、モンゴル経済に対する感想を述べた。

 ラジオ・ウランバートル日本語放送は、毎日19時30分と21時00分から30分ずつ、周波数12085kHz で放送されている。ニュースの他、生活習慣の紹介や音楽などが放送されており、結構安定して聞こえるので、是非聞いて感想や激励の手紙を送ってあげて下さい。

 



 

8.市民の足

国会議事堂前を散歩する牛
国会議事堂前で散歩する牛
 議事堂の前は広場になっていて、おのぼりさん相手の写真屋が看板を立てて客を待ち構えている。スケート・ボードやBMX(バイシクル・モトクロス)に乗った子供が走り回っていることもあるし、子供の学芸会からデモまで様々な行事が行われている。そうかと思えばその横の公園では牛や馬が草を食べていたりしている。聞いてみると、市内でも幾つかの公園や地域は動物の「食事」のために開放されているのだという。

 しかし自転車を乗っている人を道路で見つけることは難しい。それくらい乗り物としては普及していない。これはバイクも同じことである。まさか牛や馬に乗っている訳でもない。ウランバートル市民にとって、市内の移動手段はトロリー・バスやバスが中心だ。も
政治集会
野党の政治集会
ちろん住居と職場があまり離れていないという人も少なくないようだから、歩きだけで用が足りることもある。公共市内交通の料金は50トゥグリク(約11円)均一である。バスはチェコ製の大型のものが中心だが、日本政府の無償援助による青いバスもよく目につく。車体の横には日の丸とモンゴル国旗が描かれている。後ろの乗車口(三つドアの場合は、中央と後ろ)から乗り込み、中で車掌に料金を支払うと切符をくれる。幾つかの会社が運営をしているらしいが、1回だ
バスチケット
バスのチケット
け全く料金を集める気がない車掌に出くわした。仕方がないのでこちらから支払いに行ったのだが、怪訝そうな顔をされてしまった。このバスは公営だったのだろうか。

 

 

 



 

9.ウランバートルの子供達

 BMXに乗っている子供がいると書いたが、川岸に何台も自転車が置かれていることもある。BMXで川原を走るのではなく、あくまでも水遊びをしに行くための「交通手段」として使われているのだ。

 しかし、自転車などは高くて、皆が持てる代物ではない。それでは普通の子供はどうしているのかといえば、昔の日本の子供と変わらないようなことをしている。都市のアパートには公園があるから、場所には困らないのだが、そこで追いかけっこをしてみたり、ビー玉のような遊びをしているのだ。なかには地面に穴を空けてお手製のクラブを手に
不良少年
夜遅くまで遊ぶ「不良」達
「ゴルフ」をしている子供もいた。

 夜が短い時期だと、夜の10時を過ぎても子供たちは外で遊んでいる。幼稚園児位の年令であってもだ。その反面、冬はすぐに暗くなってしまうから、夏の間だけ子供たちは「不良」になって夜遊びをするのだ。

 こんな「不良」は許されるのだが、本当の夜の世界ではバーやディスコが繁盛しているらしい。金持ちのボンボンが増えているのはどうかと思う。



 

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