続アジア見てある記(64)

ラオス人民民主共和国(7)

アジア光俊

1.快適なバスの旅

中国製マイクロバス
中国製のマイクロバス

 ターケークからヴィエンチャンへ改修が済んだ国道13S号線を走るので快適である。橋の掛け替えをやっている最中なのはここも同じであるが、北部ラオスの道の悪さに比べれば天国である。

 ここまで来て気が付いたのは、バスがだんだん良くなってきていることだ。タイ国境からパークセーまでこそトラック改造バスであったが、パークセーからサワンナケーッまでは10年落ちの中型バス。サワンナケーッからターケークが韓国高速バスのお古。そしてターケークからヴィエンチャンまでは中国製マイクロバスの新車である。もちろん偶然にこのようなバスになったのだが、パークセーの南行きバスターミナルに並んでいた十数台のバス全てがトラック改造バスであったことを考えると、ヴィエンチャンに近づくほどバスが立派になってきていると言ってもあながち間違いではないだろう。

 前々号に、橋は日本政府の無償援助で架けられていると書いたが、古い橋で現在も使われているものがある。橋のたもとには、ラオス語とロシア語で書かれた碑が建っている。どうやらソ連邦の援助で架けられた橋らしい。橋としての役目は充分に果たしているようなのだが、何と言っても幅が狭くて改修された道路には不釣合いである。

ソ連邦の援助
橋がソ連邦の援助で建設された事をあらわすプレート

 バスは何の支障もなくヴィエンチャン郊外にやってきた。ところがどういう訳か急に道が悪くなり始めたのである。時速50〜60kmで快調に走ってきたバスも30km程度に速度を落とすようになってしまったのだ。

 ところで、なぜ私が速度計を見ずにバスの速度が判るかと言えば、そこにはきちんとしたからくりがあるのだ。道路脇には必ず距離を表示するコンクリート製の柱が立っている。実はこれで距離を測ると共に、手元の時計で時間を計って計算することによってバスの平均速度を算出しているのだ。



2.ラオスで一番道路が悪い都市

工事中
タラートサオ前も工事中

 ヴィエンチャンに近づくと道路が悪くなったと書いたが、道路が悪いのは郊外よりも市内の方かも知れない。早い時期に道路整備を行ったのだが、充分な補修が行き届いていた訳でなく、大きな穴が空いてしまっているところも少なくない。乗用車だと普通に幹線道路を走っていても底を擦ってしまうことさえ頻繁に起こる。

 そんな訳で、市の中心部では道路改修のために一部通行止めになっている区間があるくらいで、首都ヴィエンチャンはラオス一道路の悪い都市かもしれないのだ。

 今回は若干趣向を変えて、自転車で市内を回ることにした。中心部でも穴が空いた道路なのだが、多少はずれの方に行っても変わらない。これもなまじ舗装されているから不満に思うのであって、ぬかるんだ道路の途中からこのような穴だらけでも舗装された道になれば、だいぶ感謝されるのであろう。



3.ラオ−ヴィエトナム友好商店

友好商店
友好商店

 ヴィエンチャン市内は建設ラッシュも一段落して、最近では大々的な道路工事以外には大きな変化が見られないようになってきた。もちろん店の入れ替えなど、小さな変化はたびたびあるのだが。そんな中で新装開店の変わった店を見つけた。それは「ラオ−ヴィエトナム友好商店」なるもので、我々が見つけた一週間前に開店したばかりのようだ。商品はヴィエトナムのものが中心で、比較的品質の良いものを選んで持ってきているように見える。雑貨や衣類、加工食料品などが売られているのだが、外資との技術提携や合弁によるものも少なくない。値段の方は輸送費がかかるためか、単に価格競争力がないためか、同様のタイ商品とほとんど変わらない。ヴィエトナム商品の見本市のような感覚なのかもしれないが、商売として成功するとは考えにくい。1月に行った時に、つぶれているだろうと思いながらもこの店に行ってみたら、意外にも営業を続けていた。品揃えは以前と大差ないように見えたのだが、ラオス製のコーヒーやジュースなどが並べられるなど、僅かながら変化も見られた。



4.変わるお店

 96年、97年に行った時に食事に行った四川火鍋の店に今回も行こうとしたのだが、それらしい店が見当たらない。それとおぼしき店の前を何度も行き来しているうちに、店の奥で当時使われていた丸い大きなテーブルを発見した。

 早速中に入って聞いてみたのだが、四川火鍋ではなく、単なる海鮮鍋屋になっており、店の人も以前とは変わってしまった。

 何となく四川火鍋に未練が残ったので、中国系のおじいさんなどに四川火鍋の店がないかどうか聞いてみたのだが、潮州など海鮮系の鍋屋だけで、辛い鍋はないとの答えしか得られなかった。

 代わりと言っては何だが、韓国料理の店に入ることにした。食堂の外側には韓国語で「キムチ販売します」という張り紙があったから、韓国人が経営していると踏んだのであるが、まさにその通りであった。ウエイトレスは当然のようにラオス人であり、何が出来るのかとかの説明ができないので、店の主人が出てきて応対をしているようだ。

 メニューには写真が貼られていて、韓国語と英語で書かれており、価格はUSドル建てになっている。プデチョンゴル(ランチョンミートなど米軍放出品の食材を用いた鍋)7ドルとジンロ3ドルの合計10ドルで、キムチなどの小皿がたくさん出てくるところは韓国式である。2人でこの値段は高めかもしれないが、外国料理にしては安い部類に入るであろう。

 韓国経済の悪化によって、ここラオスに駐在する韓国人も少なくなってしまったらしい。日本人も来るということだったが、大口のお客の減少は相当厳しいようだ。実際に我々が入った時には、店内にお客はいなかった。そして1月に再度行ったときには、ここは店仕舞いをしており、看板などもすっかり取り外されてしまっていて、韓国料理屋があったという痕跡は残っていなかった。(新たな店が入ったわけでもなく、ただの空き部屋になっていた)

 店主と話をしている時に、20代前半くらいの日本人が男女取り混ぜて6〜7人入ってきた。店主は多少日本語も話せるみたいで、彼らのメニューに対する質問に答えていた。こんなときには、気にしないような仕草をしながら聞き耳をたててしまうのだが、話の内容から推測するに、ゲストハウスかどこかで出会った日本人旅行者が、一緒に食事をしようということで、この店に入ってきたようだ。

 結局ドル表示のメニューが彼らの目には高価に映ったのか、5分くらい考えた挙句に店を出て行ってしまった。



5.安い食堂は?

 では安い食堂とはどんなところか? 当然ラオス料理の店ということになるはずなのだが、意外とラオス料理を出す店というのがないのだ。

 一般的なのは、クウェイティアウという麺を出す所や、深めのアルミパットに入ったおかずを皿に入れて出してくる一膳飯屋などで、少し手の込んだものを頼もうとすると、限られた食堂になってしまう。

 一番おすすめなのは、国一番のホテルであるラーンサーンホテルが経営する、サロンサイというラオスレストランである。ここだと夜はラオス舞踊を見ることができるので、観光客向けなのだが、さすがにいつも混んでいるのが難点(要予約)。

 他にも高級なラオス料理の店というのがあって行ってみたのだが、店のインテリアには凝っているものの、肝心の味の方は???という感じで、値段だけ高くて2度と行く気にはならなかった。

 私がよく行くのは「第2食堂」という、社会主義丸出しの名前の食堂だ。客の入りは良くないが、一皿1ドル前後だからそんなに高い訳でもない。経済をとりまく環境が大きく変わっているから、実はいつまでこの名前の食堂が続くのか注目しているのだ。



6.子供と遊ぶ

凧あげ
凧上げ

 広い場所がなくなってしまい、日本では凧上げをする子供が減ってしまったが、ラオスの子供たちは手製の凧をあげて楽しんでいる。

 子供たちの凧上げを見て、我々もそれに加わることにしたのだが、まずは材料がない。落ちている竹串などをセロテープでつないで枠を作り、やはり落ちているビニールを紙の代わりに貼ろうとしたのだが、竹串が足りない。枠ができない和凧は、さすがにうまくあがらないのである。それに比べてラオスの凧は実に簡単な作りだがよくあがる。基本的には洋凧と同じ原理なのだろうが、細い棒を曲げて、そのしなりを生かして浮力をつけるようにしているのだ。

 凧糸なんてないから、縫い糸で代用しているが、そんなことはお構いなしに高く上がるのだ。

 何だかんだで2時間くらい、子供たちと一緒に凧を作って凧上げをやっていたのだが、ラオスの子供たちは元気だ。旅行に行くときは、折り紙を持って交流をするという人がいるようだが、一緒に物をつくったりということをしていれば、言葉が通じなくても交流ができるということらしい。確かに子供たちも興味を持って作業をするからその通りだと思う。



7.安くなった免税店

友好橋出入国管理地点
友好橋出入国管理地点

 ヴィエンチャンから友好橋を渡ってタイに入国する地点は、車で30分以上離れているところにある。トゥクトゥクと言われる三輪タクシーで行くことも可能だが、バスも35分間隔で出ている。料金は400キープ(当時のレートで15円程度)だから、極めて安く行くことができるのだ。

 そんな訳でバスは常に満員である。ラオスのバスは、定刻前に出発することがあるから、乗客は10分くらい前には席がなくても乗っているのだ。

 友好橋のチェックポイントの横には、免税店があり、酒などが売られている。商品はドル建てで、海外の商品に混じってラオスコーヒーやビアラオも売られている。97年からラオス・キープは下落の一途をたどっている影響で、ビアラオの値段は97年には6本で3.5USドルだったものが、1年で2.5USドルに下がっている。ただし、以前は街中で買うよりも免税店で買った方が安かったのだが、今回は街中の方が安かった。つまりそれほどキープの下落が急で、価格の改定が追いつかないのである。実はバスの料金も改定されていないから安いのであるが、石油でも何でも輸入に頼っている国であるから、公共部門の赤字拡大は深刻な問題であろう。



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