続アジア見てある記(80)

琉球 (3)

アジア光俊

1.元気な女性たち

 沖縄では女性が元気だ。逆に言うと男性はおとなし過ぎる。私の友人(在沖縄)は「沖縄の男性、特に長男は、風格だけは備えているかもしれないが、何の役にもたたない」と評価している。失礼かもしれないが、私自身も仕事で付き合ってみてその言葉に納得せざるを得ない。彼らを支え、いや、実際に切り盛りしているのが女性だ。部外者がこの女性パワーを目にする事ができる場所はいくつかある。まずは市場。牧志の公設市場よりも、その裏手にある農連市場に行くともっとはっきりする。床に野菜などを並べて販売しているその姿は、東南アジアに共通するものがある。長寿県沖縄では、おばあ(おばあさん)たちも元気である。食堂ではドンブリ飯を平らげ、洋食屋でも若者に負けずステーキをぺろっと食べてしまうのだ。さらに民謡酒場に行けば、朝までカチャーシー(掻き混ぜるの意味だが、三線の早弾きや乱舞の意味もある)を踊るおばあを見ることができる。

 先月、韓国との共通点を書いたが、アンマー(おばさん、おかあさん)たちと韓国のアジュマ(おばさん)を比べると、驚くほど似ている。働き者であることは言うまでもないが、共に陽気で元気がいいのだ。カチャーシーにあわせて踊るアンマーたちと、ポンチャック・ディスコ(テンポの速い演歌のようなもの)にあわせて踊るアジュマたちを一緒にしても、何の違和感もないだろう。

2.タコライスとは何だ??

キングタコス
タコスとタコライス
(金武社交街のキングタコスにて)

 沖縄の街を歩いていると、本土ではあまりみかけない店があることに気が付く。例えば礼服専門店。洋服屋の1コーナーになっているような礼服だけで、1軒の店になっているのだ。

 街中だけでなく道路沿いなどで目に付くものにはパーラーがある。フルーツパーラーのように甘いものを出す店ではなく軽食屋だ。お持ち帰りが基本らしいが、店内で食べられるようになっているパーラーも少なくない。近所のアンマーやおばあたちが集まって、話に花をさかせている様子なぞは、いかにも南国らしくのんびりしている。考えてみると東南アジアでは、外でお茶を飲んでいるのは圧倒的に男性で、別に話をするわけでもなく、ボーッとしていることが多い。してみると沖縄のこの風景は、暑さを除けば韓国の有閑マダムの昼に近いような気がする。

 飲み物以外に、沖縄そばとかゴーヤーチャンプルーとかを出しているパーラーであるが、パーラーで考案され、今では沖縄全土に拡がっている名物料理がある。その名を「タコライス」という。皿に盛ったごはんに、メキシコ料理であるタコスの具(香辛料で煮込んだひき肉)とトマト、千切りレタス、チーズをかけただけの料理。これにチリソースをかけて食べるのだが、実にご飯との相性がよい。

Aサイン
Aサイン

 メキシコ料理は米軍支配下のAサインレストランから広まった。Aサインレストランとは、軍人、軍属が出入りをしてもよいという許可証(Aサイン)を持ったレストランの事で、衛生条件等、一定の基準を満たした店に与えられた。このメキシコ料理であるタコスを、「タコライス」というチャンプルー(混ぜた)文化に作り上げたのは、基地の町金武(きん)にあるパーラー「千里」で、1980年代初めのことだと言われている。90年代に入り急速に全島に拡がっていったようで、今ではこのタコスの具がレトルトパックで売られるほど有名な料理になっているのだが、本土の大手食品会社のものは「タコスライス」になっているところが笑わせてくれる。



3.ペリーの謎

ペリー
ペリーストア

 空港から那覇の中心部に向かう途中、山下町という地区を通る。この地区の一角ではやたらと「ペリー」と名がつく店が多い。「ペリーもち屋」、「ペリー内科小児科医院」、「ペリーストアー」、「ペリー美容室」等々。このペリーとは、紛れもなく黒船でやってきた、あのペリー提督のことなのだが、なぜこの地区に「ペリー」という名前が多いのだろうか?

 実はこの地区は終戦前も山下町であったのだが、終戦直後、軍政府政治部長の「山下は気に入らない。ペリーにしろ!!」の一声でペリーになったという。山下では、あの「マレーの虎」山下将軍を思い出させるからであろう。この「ペリー区」、1957年2月に琉球政府の通達により、戦後使われなくなっていた地名を戦前の地籍どおり呼ぶことになり、元の山下町に戻ったのだが、今でも米軍支配の遺産が残っている。



4.基地は痛し痒し

 「ペリー」が無形の米軍支配遺産だとすれば、基地は有形の遺産である。沖縄の人たちは、好むと好まざるとにかかわらず、何らかの形で米軍基地と付き合わなければならない。

象の檻
楚辺通信所(通称「象の檻」)

 米兵の落とす金で潤う飲食店街もあれば、その他の基地関連産業、さらには軍用地使用料が入ってくる地主もいる。しかしいいことばかりではない。耕作地を奪われた農民の怒りは収まらないし、何といっても戦争の際には標的になるから危ないことこの上ない。有事の際だけではなく、平時においても危険はつきることがない。幹線道路を越えて挟んで行われる実弾射撃や飛行機の墜落事故、弾薬庫の爆発といったものから、決して少なくない米兵の犯罪。ひき逃げや婦女暴行など、米兵がどんなことをやっても日本側では処理できない。規律を正すと言ってもその場限りで、「支配者」アメリカ軍は健在なのだ。

 一方で沖縄は日本で唯一地上戦が行われたところである。戦争の悲惨さ、恐怖をそれこそ身を持って体験した人が少なくないところである。そんなわけで反戦運動も盛んに行われている(県内だけでなく、県外からやってくる人も多い)。

 観光客も多く集まる国際通り。ここには土産物屋が多く軒を並べている。この中でもミリタリーグッズを売る店はかなりある。実は東京の同種の店と比べて値段は決して安いわけではないのだが、かなりの繁昌振りだ。基地を商売のネタにする人と、反対を唱える人。基地関連産業の持つ根はかなり深いが、ともにそれが生活の一部になっているというのは実に皮肉なことである。



5.沖縄みやげ

 この国際通り。旧リウボウ(現在のベスト電器那覇店)前から安里三叉路までの約1.6kmで、戦前は墓地と田んぼ、イモ畑の多い寂しい湿地帯だったそうである。ところが戦後、旧那覇市の都心を米軍が占拠し、国際通りやその付近(牧志、壷屋)が解放されて住宅建設ができるまでになった。このために疎開先から帰った人や引き揚げ者たちが住むようになり、人口が増加。さらにはこれらの人を目当てに闇市場が発生し、沖縄の物資がここで交換されるようにまで成長する。さらに闇市だけでなく国際劇場が建設され、この通りの飛躍的な発展を称して「奇跡の1マイル」と呼ばれるようになった。

 この国際劇場は復帰前に姿を消し、1955年に国際通りに移転して、奇跡の1マイルの立役者の1つであった山形屋も昨年閉鎖された。しかし土産物屋などはまだまだ多く軒を連ねており、いまだに沖縄観光の「名所」となっている。

 土産物としては、泡盛や黒糖、さとうきび、紅型(びんがた=琉球王朝時代、貴族階級だけに着用が許された染物。ヤマトや中国の柄をモチーフに、独特の色使いと季節感を無視した柄使いが特徴)といった沖縄の特産物だけでなく、前述のミリタリーグッズもある。なかにはインドや東南アジアの小物屋に観光客が群がっていたりして、?というようなものまで「土産物」として売られているのだ。

 特産物とは言わないものの、沖縄でしか手に入らないものもいい土産物になるようだ。例えばインスタントラーメンならぬインスタント沖縄そば。沖縄限定と銘打たれたキャンディーやスナック菓子、本土では売られなくなって久しいレトルトカレーなどがそうだ。

免税店
沖縄特定免税品店

 沖縄好きの人が喜ぶものの1つにオリオンビールがある。これは本土の4大ビール会社に次ぐ沖縄のビールで、本土にも輸出され、南国イメージを前面に出して売られている。沖縄においては特別措置法によって酒税が大瓶1本で6円ほど安くなっているようだが、県内では安さが一つの魅力になっている。

 土産物で忘れていけないのは、「免税品店」であろう。本土復帰に伴い、外国ではなくなった沖縄だが、観光産業のために外国並みに酒やタバコの税制優遇をおこなった。「輸入」ではないので免税とは違う「戻し税」という制度だが、酒3本、タバコ1カートンという「戻し税の範囲」は海外旅行並みである。

 さらに昨年からは、沖縄特定免税店なるものが空港に登場することになる。これは従来の戻し税の範囲をさらに拡大し、関税や消費税などを免除するものである。まず免税店で買い物をしたら、商品と商品の伝票を空港内の税関に持参して確認印を押してもらい手続きが終了、またレジに戻ってお金を支払い商品を受け取ることになる。なんとも手続きが面倒だし、商品もそれほど多くなく、安売り店が増えた今となっては価格も決して魅力的ではない。



6.学生は要注意

かばんをおいて
スーパーの張り紙

 スーパーやコンビニエンスストアなどの入り口には、必ずといっていいほど「学生のかばん持ち込み禁止」の張り紙がある。人を見たら泥棒と思え、ならぬ、学生を見たら万引きと思え!、ということらしい。それほど万引き中高生が多いということらしいが、「万引きは即警察に通報します」という本土の張り紙よりは人間味があるかもしれない。カバンを持ち込ませないという、本質的な予防策からは程遠い対応を取っている沖縄には、即処罰に持ち込まない「てーげーさ」があるのだろう。

 一方、年度末が近づくと別の張り紙が現れる。それは小麦粉の販売に関わる注意書きだ。「地域青少年健全協議会より中学生の小麦粉等の購入について充分なる注意をして下さいと依頼があります。

 つきましては、中学生の小麦粉等の購入について使用確認と学校名、お名前をお聞きすることもありますので御了承下さいます様お願い申し上げます。」

 別に咳止め薬ではないから、危ない使い方をするわけではない。卒業式の時に「お礼参り」をするために小麦粉を投げるという事件があちこちで発生するために小麦粉購入制限がでるのだ。



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