続アジア見てある記(83)

大韓民国(15)

アジア光俊

1.労働党舎

 北朝鮮の支配下にあって、労働党の力は絶対的である。このチョルウォン(鉄原)市街地にあった労働党舎は、屋根や床はほとんど破壊されているものの、壁だけはある程度残っていて、当時の様子を想像することができる。党舎は煉瓦造りの3階建てで、大通りに面している。裏側は小高い丘になっているのだが、この丘にはトーチカが作られていて、党舎を守るようになっているのだ。そのために壁が残ったのかどうかは不明であるが、壁には無数の銃弾の痕が刻まれていて、ここが北朝鮮支配下だったことに加えて戦闘の激しさも今に伝えている。説明によれば、この党舎は1946年に住民を強制労働によって駆りだして建設させたものらしく、ここで「愛国人士」の逮捕や拷問、虐殺が行われたという。また党舎の裏側には防空壕があるが、ここからは多数の人骨や実弾、有刺鉄線などが出てきたらしい。
労働党舎
労働党舎
 今までのコースはどうも新兵教育にも使われているようで、横線1本の階級章(二兵=二等兵)を付けた兵隊がトラックで運ばれて見学に来ている場面にばかり出くわしている。韓国軍は徴兵制が施行されているから、20歳になると兵役につくのであるが、6週間の基礎訓練を終了すると「二兵」として部隊に配置される。そして6ヶ月後に「一兵」に昇進、更に6ヶ月で「上兵」、8ヶ月後「兵長」となり、「兵長」を6ヶ月勤め上げてようやく服務期間を終了することができるのだが、この見学組は26ヶ月に渡る徴兵期間の最初の段階にあるのだ。
 彼らの見学が終わってからが我々の番になるのだが、兵員輸送の大型トラックが発車するのに、相当の時間がかかった。5〜6両のトラックは、党舎前に停めてあったのだが、バックで道路に出て帰ることがなかなかできないのだ。バックでの走行や切り返しが苦手らしい。徴兵されてから運転を覚えたのだろうが、腕前の方もまだ新兵である。



2.ここも最前線

封鎖用サイコロ
道路封鎖用サイコロ
 一通りの見学を終了して、元のシンタンニ(新炭里)駅に戻ることになった。川沿いの道を走ったのだが、川の反対側は山がちで、川の方が多少開けている地形になっている。座っていた側が帰りは川に面していたため、行きには気がつかなかったものが見えた。まずは川の中にあるコンクリート障壁。杭のようなものが川から出ていて、車両の通行が困難なようになっているが、来る時に線路から見えたものよりも多数設置されているような気がする。それから破壊されたまま残っている鉄道用の橋。韓国軍の基地や演習場もあるし、道路の途中には妨害用の「巨大さいころ」も設置されている。やはりここも最前線であるのだが、車の中から眺めると何となくテレビをみているような感じで緊張感が薄い。駅に到着して時間を見ると、列車の発車時間までまだ40分以上時間が残っている。
申告
スパイ申告を勧める看板
 駅前にはスパイ申告を勧める看板が立っている。軍事境界線近くだけでなく、あちこちで見られるものであったのだが、表現の仕方が以前とは違うようだ。
「申告する主人意識が先進祖国のいしずえになる。 申告電話は113、112 ヨンチョン警察署」というものだが、「申告電話」の部分は後から書きかえられている。元は「間諜申告」だったのだが、若干穏やかな表記になっているのだ。ここにも対立意識の緩和が現れているのか?



3.地酒はどぶろく

直売場
直売場の看板
 次に駅前の探索を始めたのだが、見事に何もない。件の観光会社の事務所に加え、食堂が数軒、スーパーが3軒、美容室とコーヒーショップが1軒ずつで、郵便局すらないのだ。何もない商店街?で、道路に看板が出ている。何かと思ったら「ヨンチョン・マッコルリ直売場」という地元の濁酒の看板だ。店の中にはテーブルがあって、平日の昼間にもかかわらずアジュマ(おばさん)が4〜5人酒盛りをしている。飲んでいるのは、そのマッコルリである。他に土産物らしい物もないので、自己消費用と友達への土産に2本買って行くことにした。このマッコルリだが、殺菌をしていないので容器に入っていてもまだ醗酵を続けている。そのためにガスが発生するので、フタには針の先ほどの穴が開いていて、爆発しないようになっているのが普通だ。つまり横にしてしまうと中身が噴出してしまうのだ。こんな所で買物をすると、質問攻めに会うのが常である。どこから来たのか?韓国語はどこで勉強した?酒は好きなのか?等々...。酔っ払いが相手だと話は長くなる。ちょうどいい時間つぶしにはなるが、そろそろと別れを告げて駅に向かった。



4.旅は道連れ

記念スタンプ
記念スタンプ
 1時間に1本しかないから、切符販売窓口も発車直前にしか開かない。せっかくここまで来たのだから、入場券を買おうと思ったら発売していないというではないか。そりゃ残念だ。そのまま立ち去ろうかとしたら、駅員がどこから来たのかと聞いてくる。こっちはウィジョンブ(議政府)までの切符を買ったんだからソウルでしょう!というわけでソウルからだと言うと、そうではなくてどこの国から来たのかと質問をしなおされた。日本ですが〜と答えると、ちょっと待ってなさいと言って、メモ用紙にシンタンニ駅の記念スタンプを押して持ってきてくれた。なかなか親切な人だ。
 ディーゼルカーに乗り込むと、非武装地帯観光で一緒になった老姉妹が私の席にやってきた。別の所に座っていたのだが、回りがうるさいからと言って引っ越してきたのだ。姉の方は植民地時代、師範学校に通っていたらしく、同級生の半分が日本人で日本に戻ったのだと教えてくれた。「長年日本語を使っていなかったので、下手ですが」とは言うものの、時々タンスの奥に仕舞いこまれている単語を引出すお手伝いしてあげれば充分通用する日本語だ。
 我々3人のボックス席以外は、例によって軽登山靴を履いたハイキング中年でいっぱいである。隣の席のハイカーは、両手で抱えるくらいのヨモギを取ってきたようだ。
破壊された橋
破壊されたままの京義線の橋
 昔の思い出話などを聞きながら乗っていると、だんだんと車内が混んでくる。ソウルが近づいてくると観光列車から通勤・通学列車の色彩が強くなるのだ。そして満員の乗客を乗せて列車はウィジョンブ駅に到着した。
 ここから先は首都圏電鉄に乗車するのだが、私は交通カードというバスや地下鉄・電鉄で使えるプリペイド式カードを持っているので切符を買う必要はない。切符売り場は長蛇の列である。この老姉妹はどうするのかなと思っていたら、駅員が出てきて切符を配り出した。これは老人用の無賃乗車券で、どうみても60歳以上の人に(でなくとも自己申告で)渡しているのだ。



5.酒の持ち込み

 非武装地帯観光からホテルに戻る前に、待ち合わせていた友人たちと犬を食べにいくことになった。韓国で酒と言えば焼酎なのだが、せっかくマッコルリを買ってきたのだから飲まない手はないとばかり、店のアジュマ(おばさん)にグラスを出してもらい1本開けることにした。マッコルリは雑貨屋のような店で売られている大衆的な酒なのだが、食堂で出される事はまずない。まあ低俗な酒ということなのだろう。もしも飲み屋で飲むのであれば、民俗酒場などで飲むしかないから、私などは時々持ち込みをさせてもらっているのだが、韓国は酒の持込には寛容な気がする。



6.臨時停車バス

 バス料金の支払いがICプリペイドカードでできるということは何度か書いているが、地下鉄と違って改札があるわけではないので運転技師様(ウンジョンキサニム=運転手)が乗客の支払いを直接確認するしかない。
 妻と座席バスに乗ったときのことである。カードを2回かざして2人分引き落としたのだが、技師様はもう1回支払えという。文句をいいながらも3人分支払ったのだが、どうしても腹の虫が収まらない。座席に座ってもブツブツ文句を言っていたら、技師様も気がついたようで「2人分払っていたのですか?」と聞きなおしてくれ、1人分を現金で返してくれることになった。このカードから運賃を引き落とす機械は、引き落とし金額とカード残額が数字で表示される以外に、引き落としが完了すると電子音が出るようになっているのだが、うるさくてこの音に気がつかなかったということが理由だという。
 こんなことがあって、技師様とやりとりがあったのだが、横に座っていたおじさんが、私たちが日本人だということがわかって、親しげに話に加わってきたのだ。どこに泊まっているのかとか、たわいもない話をしていたのだけど、対日感情もだいぶ良くなってきたものである。すっかり盛り上がったまま、バスは下車予定の停留所に近づいてきた。すると停留所よりもずっと手前、ホテルの前で特別停車して我々を降ろしてくれたのだ。



7.キムナムジョ

 これも毎回の訪問先であるのだが、詩人のキム・ナムジョ先生のお宅を尋ねた。先生の詩は教科書にも載っているくらいで、また、KBS(韓国放送公社)の委員などの要職にも就かれている妻の自慢の恩師である。先生は足が悪いので、昼食をとった日式食堂からタクシーで自宅まで100mくらい乗って下車した。我々はそのままタクシーでホテルに戻ったのだが、タクシー運転技師様はその100mだけ乗った婦人が不思議で仕方ないようだった。「ああ、詩人のキム・ナムジョ先生ですよ」と言うと、「え〜っ!!あの方がですか〜???サインをもらっておけばよかった〜」とえらく興奮して教科書でも見たとか、何冊も詩集を読んだことがあると話しはじめるのであった。タクシーに乗りながら話をするのはよくあることだが、あんなに興奮した技師様をみるのは初めてだった。



8.にせビール

 韓国のカラオケは、日本のカラオケボックスと似ているが、大きく違う点が1つある。それは酒類を出さないことだ。厳密に言えば、酒を出せるカラオケと、純粋にカラオケをやるカラオケボックスがあるということなのだが、純粋カラオケの場合、フロントで飲み物を買って持ち込むことになるのだ。
ビール
これはビール
にせビール
にせビール
 そこでビールのようなものを見つけた。CASSというビールなのだが、よく見るとGASSと書かれている。アルコールが入っていない麦芽飲料なのだ。すごくよく似ていて、面白いので1本買ってきたのだが、街中では全く見かけない。遊興店専用商品なのだろうか?
 カラオケといえば、今もっとも人気があるのがDDRカラオケだ。DDRとは東ドイツのことではない。ダンス・ダンス・レボリューションのことで、足元のいろいろな場所でランプが光るようになっていて、ここに足を乗せてステップを踏むようになっているゲームなのだ。日本発のDDRであるが、韓国の若者に大ウケで、最近のカラオケの多くがDDR仕様になっているのである。DDR仕様とはいってもカラオケだから、色々なジャンルの歌が用意されているはずで、演歌を歌う時にはどのようなステップが指示されるのか若干気になるところである。



9.地下鉄物売り

車内販売禁止
電動車内では物品販売行為をすることが出来ません
 公共交通機関で出没する物売りは、韓国名物と言ってもいいだろう。人ごみをかき分けて売り歩く新聞売り、通路の真中に商品を置き大声を張り上げて商品の説明をする人などさまざまだ。扱われる商品は、音楽全集だったり、ゼンマイ式の髭剃りだったり、靴の中敷だったりと多種多様であるが、1000ウォン(約100円)くらいからの簡単に買える価格であるところがミソである。
 しかしこの風習もなくなりそうだ。地下鉄から物売りが追放されようとしているのである。プサン地下鉄には「電動車内では、物品を販売しないように」という警告文が表示されるようになっているのだ。ソウルではまだ見かけていないが、時代の流れと共にゲリラ的車内販売の話も昔話になってしまうのだろう。



Valid HTML 4.01!

次の号に進む次の号に進む

「続アジア見てある記」目次に戻る「続アジア見てある記」目次

アジア光俊HP目次に戻るアジア光俊HPトップ